和浦酒場


スタッフインタビュー②VOL1

 

 いつもありがとうございます。WEB担当及川です。

 

 新春インタビュー第2回は和浦グループ居酒屋部門を統括する大将・・・ 

  

蔵川雄貴さんの登場です!

 

いまや数々の雑誌に登場し、和浦の名前を全国区にした・・・・

 

僕も尊敬する大先輩です!

 

インタビュー時間15分のはずが・・・

 

1時間半にもおよぶ熱い話をしてくださいました!

 

VOL1 VOL2 VOL3と・・・・ボリュームたっぷり、3回に分けてお送りします!

 

 【和浦グループ新春インタビュー第2回VOL1 蔵川雄貴さん@和浦酒場弐】

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 及川  第2回は、和浦グループの居酒屋部門を統括する「大将」蔵川雄貴さん、に登場して頂きました!

     付き合いも長いので照れくさい感じがしますが・・・よろしくお願いします。

 蔵川  よろしくー。

 

 □寿司職人の親父の背中、そして飲食業との関わり

 及川  大将は兵庫県尼崎市で生まれ育ったということですが・・・・どんな幼少期を過ごされていたんですか?

 蔵川  親父が尼崎で寿司屋を営んでいて、ガキの頃は親父もおふくろも店に出てたから、あんまり家にいなかったかな。

      7つ上と5つ上の姉がいて、2番目の姉ちゃんがおふくろがわりだったんだけど、

     ひとりぼっちだったことが多くで寂しかった記憶があるね。

 及川  へー、なんか意外です。お店の手伝いとかもされてたんですか?

 蔵川  小学校5年生ぐらいからかな・・・週末、出前の手伝いとかやってたね。

     近所に団地があったんで出前が多くてね。あっちこっち走り回ってたよ。

     高校生から店にも立って、ホールで商品を運んだりしてたね。学校終わって、部活やって、

     そのあと店に行って仕事の日々。そのころから時給も出てたから、手伝いっていうか、仕事だったな。 

及川  飲食業との関わりは、幼い頃からのものなんですね。自らも飲食業を志すことを決めたのは?

蔵川  親父から、高校を卒業したら「大学に行くか、修行に行くか」を決めとけって言われてて。  

     勉強は大嫌いだったから、板前を目指そうと。親父の店のお客さんで大阪吉兆と繋がりがある人がいてさ、

     紹介してもらえるってんで、ありがたい話だな、と。で、高校卒業して、大阪吉兆に修行に出るわけだ。

及川  吉兆時代はどんな生活だったんですか?

蔵川  1000万円つまれてもあの頃には戻りたくないね。地獄の日々だよー。

     入社して3ヶ月ぐらいで大阪吉兆が「みなとみらい」のパンパシフィック横浜に出店することになってさ。

     いきなり横浜の寮に引っ越して。みなとみらいがトレンドの最先端の頃だから、怒涛の日々だったね。

     そこで、おやっさんとの運命の出会いがあったわけだ。

 

 □おやっさんとの出会い。そして浦和の地へ。

及川  おやっさんは大将もよく酒を飲むと話題に出ますが、どのような人だったんですか?

蔵川  厨房が「刺場」「焼場」「煮方」「寸場」って各セクションに分かれてて、最初は焼場に配属されたんだけどさ。

     そん時の焼場の親方がおやっさんだったわけだ。鬼のような人だったけど、厨房の各セクションのトップから

     スゲー信頼されてて。その頃は俺も全然仕事出来なかったから、必死でその人の仕事を見てて・・・。

     仕事が出来ないなりに、おやっさんの仕事のすごさを肌で感じていて。で、おやっさんにいろいろ教わってて。

     出店にあたって50人ぐらいスタッフがいたんだけど、結局2年ぐらいで残ってた最初のスタッフは5人ぐらい。

     壮絶な日々だったね。で、ちょうどそのころおやっさんが店を移ることになって・・・・。

及川  浦和へやってくるわけですね?

蔵川  そー。最初は浦和の和食屋。21歳ぐらいかな?おやっさんはスゲー腕のいい職人だったから、いろんな店から

     声がかかって、そこから2年ぐらいの間に銀座行って、日比谷、恵比寿、また銀座の違う店行って・・・・

及川  怒涛ですね・・・。そのころはどういう気持ちで仕事をされていたんですか?

蔵川  スゲー悩んでたよ。なんかさ、板前にあこがれてこの世界に入ったのに雑用やら単純作業ばっかりで・・・   

     今となっては、そのころの経験がものすごい活きてるんだけど、そのころはそんなん分かんないから・・・

     毎日仕事に行きたくなかったね。思い描いてた華やかなイメージなんて微塵もなくて・・・

     「自分のやりたいことは本当にコレなのか?」って毎日モヤモヤしてたよ。

及川  今の姿からは想像もつきませんね。

蔵川  だね。もう仕事終わってバーに飲みに行くぐらいしか楽しみがなくてさ・・・・。

及川  それが「バー」と出会いになったわけですね?

     社内のスタッフやお客様にも意外に知られていませんが、北浦和でバーテンダーやってましたものね。

蔵川  及川と初めて会ったのもそのころだよな。

及川  蔵川雄貴 23歳、及川秋紀 20歳ですね。僕が大学生やりながら姉妹店のWAITSでアルバイトしていたころですから。

     尊敬するおやっさんのもとを離れて、バーテンダーになった経緯はどういったものだったんですか?

 

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

  

 

 

熱い話はVOL.2に続きます!

 

次回VOL.2は・・・・・

 

「おやっさんとの別れ、バーテンダー時代、そして和浦社長 三浦 元 との出会い」

 

です!

 

お楽しみに!!

 

AK 

 
 
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